ジェロニモ

日常を書き残しています。

2022.05.12

髪を切った。


ここ6年ほどはロングだったんだけど、バッサリ切った。思い立ち、どんなスタイルにするか考えている時に翌日の仕事がリスケになった。あれ?担当美容師のスケジュールを確認、なんとちょうどいい時間だけが空いている。思い立ったら吉日、これはもう運命では?


切ったら本当に軽くてなんか心まで楽になった。夫には好評、でも息子は「慣れるまで時間がかかりそう、でもいいと思う」とのこと。彼が物心ついてからはずっとロングだったからな。


偽閉経療法を試しているため、擬似的な?更年期症状が起こることは覚悟していたんだけど、わたしの場合落ち込みやイライラはほぼない。ただ、ホットフラッシュと呼ばれる突然火照って汗をかくという症状が出始めた。これもショートにした理由の一つで、後頭部〜首の後ろ側に髪があると本当に暑い。リカバリにも時間がかかって本当に厄介。髪を上げると楽になることが少なくないので、もうダメージケアにも疲れたし切ろう、と切り替わってしまった。夏にかけてもしこれが酷くなるようならツーブロックにしても良いかも。

老いとはなるべく快適に付き合っていきたいよな!

2022.05.02

イギリスに住む友人と久しぶりに話をした。


急激に物価が上がっているそうで、フルタイムで働いていてもフードバンクに頼らなければ生活できない人が出てきているそうだ。戦争が続いていれば、この先も上がり続けるのではないかとのこと。制度のバランスが悪く、貧困になるにつれ負担が大きくなるシステムになっているそうだ。友人は「自分はまだそういう状況にはないけど、いつそうなっても不思議じゃないラインにいるよ」と話していた。気持ちが暗くなる。

わたしだってそうだ。わたしのしている仕事はゆとりとか余裕とか、そういうものがないと成立しない仕事だ。そういうところは一番最初に削られる。


ロシアは隣国で、日本だってもしかしたら北方領土のことでいきなり戦争になるかもしれない。色んな約束事があったとしても、約束は信頼をもとに結ばれるものだ。ロシアを相手にそんなものが通じるとは思えない。可能性はいつだってゼロじゃないと思う、今は特に。


ずっとこの件について、息子からの質問に答えることに苦慮している。人間としてどう伝えたら良いんだろう?嘘をつかず、子供にわかるように、わたしの価値観を押し付けず、どうやって話せばいいんだろう。

「お母さんもよくわからない。答えたいけど、すごく難しくてきちんと答えられない。ただお母さんは戦争は絶対にしちゃいけない事だと思ってる」、ずっとこれをアホみたいに繰り返してる。わたしは未熟者だ。

2022.04.17

寒暖差にやられている。


伊豆高原に旅行へ行ってきた。ドッグファーストでお馴染み(お馴染み)わんわんパラダイスの新しいホテルがオープンしたのだ。犬も泊まれる宿は増えてきたけど、まだまだ制約が多いところがほとんどだ。わんパラは犬連れのための宿なので、基本的にどこへも犬が同行できる。今回オープンしたのはホテルアンビエントをわんパラになったもので、プレミアムスイートに宿泊した。


わんパラの良いところは過不足がないところだと思う。基本的に犬と一緒にいる上で必要だと思われるものはちゃんと準備されていてセルフサービス、飼い主の責任の元にそれぞれが楽しく快適に過ごせるように工夫されていてやりすぎ感がない(これとても大事だと思ってる)。今回のわんパラもそういうところはちゃんとしてて、ご飯もおいしいしベッドはシモンズだしすごく良かった。露天風呂へのアプローチがちょっとした散歩くらいあったことを差し引いてもとても楽しめた。


Tシャツの絵付け?のようなワークショップに参加して、わたしは息子のTシャツを作り、息子は犬のTシャツを作った。夫は犬の抱っこ係。息子の絵はわたしの描く絵と全然違う。昔から大体のざっくりとした全体像から描くわたしと、細部の描き込みから入る息子。みんな違ってみんないいよな。わたしは息子の絵が好きだ。

幼馴染と猫

同い年の幼馴染がいる。


家が近所で親同士の仲が良かった。幼馴染はLGBTQのGで、親にカミングアウトして勘当されて以来、ずっと家を定めなかった。本当にフラフラしていた。手に職があるのと、何かの資産運用をしていたようでお金に困ることは無かったみたいだけど、本当にひと所に落ち着くということがなかった。基本的には幼馴染から今どこどこに住んでてこんな感じだよとか、話のついでに聞く。たまにうちに遊びに来るけど、わたしが幼馴染の家に行くことはない。


そんな幼馴染が家を買った。駅から少し歩くけど、状態のいい中古のマンションだ。どういう心境の変化なの?と聞くと、もう人間と暮らすのはやめて猫と暮らすことにした、と返ってきた。引越しと同時に保護猫を2匹引き取っていた。三毛はラン、ぶちはマスクと名付けていた。


幼馴染は恋に奔放な人で、いろんな人と付き合っていたが、いつもわりと酷く振られていた。男運がめちゃくちゃ悪い。双方の話を聞けるわけではないので、わたしはいつも聞くだけ聞いて意見みたいなことは何も言わないが、基本的にダメな男が好きなのと、あとは多分幼馴染が重いんだろうなあと思っていた。冗談だか本気だかは分からないけど「真実の愛を見つける!」と言って次々に恋人を作っていた。そうか、頑張りやといつも返事をする。幼馴染は「あんた本当そういうとこ!」と返す、ほぼ定型文。わたしは慰めることも寄り添うこともあんまり得意じゃ無いから、少し申し訳ない気持ちはいつもある。(なんでわたしに話すんだろう?)


猫は真実の愛なんか?と聞いたら、どうだろ、と返ってきた。人間を諦めたわけじゃないけど、家に僕と猫以外はいてもいなくてもいい。猫と自分の家で暮らしたくなったんよ。僕がいつか1人で死ぬことになったら、最後の猫だけよかったら里親を見つけてくれない?いいよ、わたしが死んでなかったらね。夫と息子にも頼んでおく。でも死ぬ時は死ぬ前に連絡しなよ。はいよ。とかいう、変な会話をした。


幼馴染は猫をどんどん引き取って、今4匹。ラン、マスク、サンカク、うめこ。それぞれお見合いをさせながら引き取ったからか、今のところうまく行っているようだ。5匹までなら引き取れるかなと話していて、「猫って狭くても飼えると思ってたけど、甘かった!中古で地方の一軒家を探すべきかも」と連絡が来た。

笑ってしまった。知っている幼馴染の中で、今が一番楽しそう。幼馴染がどうであれお前の人生だからなんでもいいけど、なるべく幸せでいてくれよなと思ってはいるので、わたしもなんかホッとしてる。


ところでわたしは猫アレルギーなんだよね。猫好きの猫アレルギー。幼馴染がいよいよの連絡が来た時、抗アレルギー薬を用意することを忘れないようにしないと。あと、わたしは幼馴染が死ぬまで家に行けないことが決定した。わたしたちの関係は変わらないけど、幼馴染は猫を飼って、家を買った。

2022.04.10

辞めてませんよ!


日記、好きなんだよな。書くのも読むのも好きだ。でも忙しいとやっぱり優先順位が下になるんだよな。日記はたぶんわたしにとってはタスクじゃ無いんだろうなあ。好きだけど、眠かったら寝ちゃうんだ。


日記祭に行ってきた。日記を書いている人々が、それを製本して売るというイベントだ。なんか凄い、うまく表現できないけど凄いイベントだ。日記を……売る……!?

推し作家さんの新刊を買って、他にもいくつか購入した。作家さんから日記のワークショップがあると聞き、日記の……ワークショップ……!?となった。外から眺めてみたい。


推し作家さんはTwitterで繋がっていて、なんならサロンにも何度か来ていただいた顧客様でもあるのだけど、推し作家さんだ!と認識が切り替わっており、ブースに行くまでめちゃくちゃ緊張した。暑い日だったけど、暑さ由来では無い汗を背中にすごくかいた。風通しのよい服を着ていた自分を褒めたい。


お腹が空いて、途中で電車を降りてカフェで早速本をひらいた。日記祭は小さいコミケのようだなと思ったので、少し躊躇ったけど我慢できなかった。薄い本をカフェやファミレスで開いてる人とやってることは同じ…、しかし、カフェにも人はまばらだったし、まあ、いいでしょう!

2022.03.25

ちゃんと春っぽくなってきた。


息子が春休みに入った。来年からはまた一つ学年が上がってできることも増えるだろうな。息子と暮らしていると、人間は”育っていく”んだなとしみじみ思う。少しずつ吸収して、少しずつ形を成していく。


タイミングが合ったので八ヶ岳の別荘へ行くことにした。いちご狩りじゃーー!わたしは山梨に来るようになってから、果物のおいしさに目覚めてしまった。隙あらば何かを狩りたい。今はいちご、もう少ししたらさくらんぼ、その後ブルーベリーなどのベリー類、桃、葡萄、りんごと続く。果物はどれもめちゃくちゃ美味しい。


別荘を購入して3年、快適だ。コロナ禍前に購入したので色んな意味でタイミングも良かった。はじめ夫から「別荘を買おうと思う」と言われた時は驚いたけど、うちにとってはとても合理的でいい買い物だったんじゃないかな。わたし達は旅好きの犬連れでこれは多分一生変わらないし、災害時のリスク分散みたいな意味もある。高台にあるこじんまりとしたロッヂで管理もしやすい。息子が独り立ちしてわたしが仕事をリタイアしたら移住するのもいいかもと最近は話したりする。


いちごはやよいひめだけを50個くらいは食べた。やよいひめ過激派。

2022.03.18

悪いことや嫌なことはなぜかまとまって起こる。


仕事でかなり理不尽な想いをした。文字にして書き残してしまうと記憶に刻まれてしまう病に罹っているので書き残すことはしないけど、思い出すとずっと顰めっ面になる。

理不尽なものやことは道路にある石のように想像していて、小石はゴロゴロしてるし、足場の悪い道にある石はデカい。だけど大体道のパターンも石のパターンも歳と共に学習してきて、石や道がどんなものであってもそこそこうまくやり過ごして前へ進めるようになる。

でもまだあるのよね、避けきれない石。気づかなかった所にあって足を挫くようなやつとかさ。今回は隣の道から急に飛んできて、アスリートくらいじゃないと避けられないようなものだった。わたしはアスリートではないので仕方ない。青あざにもなるだろうし、暫くは「隣の石がなんでこっちに飛んできたん?!」となる。理由がわかったところでそんなに優しくもなれない。仕方ないけど痛いもんは痛い。


ウクライナのニュースを見て息子が「可哀想」というのにずっとモヤモヤしている。わたしは可哀想という言葉の扱いがうまくない。多分わたしの可哀想と息子の可哀想は色々なものが違っていて、それは分かるので何か言ったりはしないんだけど。可哀想、可哀想か…。言葉は難しいな。


あまりにクサクサした気分で雨まで降ってきたのでスポーツジムへ。トランポリンをビョンビョン飛んだ。めちゃくちゃ疲れた。